愛は自分と他者を分けない?

今、みぞれ混じりの冷たい雨が降っています。

この冷たさは、春の花には必要。

そう思えば、嬉しいとまではいかないまでも、まあいいかと思える。

またお客様と「愛」とか「幸せ」の話題に。

愛を他の言葉で言い換えるといろいろ。

慈しみ、温もり、好き、思いやり、貢献・・・。

・・・

ちょっと視点が違うけれど、

愛は通常、自分から人にとか、
人から自分にとか、方向がある。

一方的な片思いも、両思いもある。

いづれの場合も対象が本人の外にある。

・・・

ふと、「愛は自分と分けて考えないもの」と浮かんだ。

対象と自分を分けて考えず、一体のもの、分けられないと考えるのもあるかな、と。

例えば、相手の苦痛は自分の苦痛として感じ、代わってあげたいほど。
嬉しいことは自分のことのように、喜ぶって感じ。

・・・

「私は、〇〇を愛してる」って言うのは、まだ浅い。
「私と〇〇を分けて考えられない」というほうが、絆が深く大きいような気がします。

そういう愛を伝えられる相手がいたら幸せですね。
伝えられなくても、行動できれば、それも幸せ。

 

以前、「愛した瞬間に愛される」と考えた事がありました。

それは、
人でも花でもなんでもお世話をして、なんだか好きと思えたら、
その瞬間から、その存在自体が自分を嬉しくしてくれる。

それが「愛した瞬間に愛される」と思ったのですが、今日、

「私と〇〇を分けて考えられない」と気付いたら、

「なんだか好き」と思えたら、その瞬間から、自分と対象がひとつになるのかもしれません。

対象は自分の一部だから自然に優しく出来る。自分を嬉しくしてくれる。

・・・

「愛した瞬間に愛される」=「自分とひとつになる」と、
いういうことなのかもしれません。

このサイトをフォローする!

タグ:

コメントを残す